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WINDY 智美(ウィンディ ともみ、女性、1983年8月8日 - )は、日本の総合格闘家、キックボクサー。本名は砂庭 智美(すなば ともみ)。青森県三戸郡出身。パンクラスismおよびAJジム所属。かつては風智美、ウィンディ智美のリングネームだったこともある。
目次 [非表示] 1 来歴 2 戦績 2.1 総合格闘技 2.2 キックボクシング 2.3 グラップリング 3 獲得タイトル 4 脚注 5 関連項目 6 外部リンク 来歴 [編集] 小学6年の時に空手を始め、中学・高校時代は陸上部に所属[1]。 日本女子体育短期大学時代に、極真会館や正道会館の全国大会で上位入賞を果たした。 1999年4月29日、Jd'で行われた高橋洋子とのキックボクシングマッチでプロデビュー。 2002年5月6日、総合格闘技初挑戦となったスマックガールで金子真理と対戦し、判定勝ち。 2003年2月28日、オランダで開催された「RISING SUN」でキムと対戦し、1-2の判定負け[2]。 2004年4月18日、CROSS SECTION第1回大会で吉田正子と対戦し、腕ひしぎ三角固めで一本負け。 2005年6月5日、初参戦となったパンクラスでバッカス羽鳥と対戦し、タオル投入によるTKO勝ち。 2006年10月7日、全日本キックボクシング連盟でイム・スジョンと対戦し、判定勝ち。 2007年2月17日、コスタリカで開催されたBodogFightでロジー・セクストンと対戦し、2R途中に右足首を骨折し、ドクターストップ負け。首都サンホセの病院に搬送され、その日のうちに手術を行った[3]。その後、日本でも入退院を繰り返し、計4か月間の入院生活を送った。同年10月頃に練習を再開した[4]。 2008年1月30日、11か月ぶりの復帰戦となったパンクラスで富松恵美と対戦し、2R終了時に富松が棄権しTKO勝ち。復帰戦で白星を収めた。 2008年11月8日、VALKYRIE旗揚げ戦VALKYRIE 01 CAGE FORCE-EXで藤野恵実と対戦し、判定勝ち。 2009年4月25日、VALKYRIE 02の女子フェザー級次期挑戦者決定トーナメント準決勝で高林恭子と対戦し、チョークスリーパーで一本負け。 2009年11月23日、修斗で行われた修斗 vs. パンクラスの対抗戦で藤井惠と対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本負け。 2010年2月11日、VALKYRIE 04で吉田正子と5年10か月ぶりに再戦し、3-0の判定勝ち。リベンジに成功した。 2010年5月9日、イタリアで開催されたXC-1でマリア・エリザベート・タバレスと対戦し、ハイキックでKO勝ちを収めた[5][6]。 2010年9月5日、パンクラスでモニカ・ロバートと対戦し、3-0の判定勝ちを収めた[7]。この試合は試合時間が1ラウンド3分から5分、パウンド解禁となるなどの変更が加えられた新アテナルールで初めて行なわれた[8]。 戦績 [編集] 総合格闘技 [編集] 総合格闘技 戦績 29 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合 16 勝 8 1 7 0 1 0 12 敗 2 7 2 1 勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日 ○ ベティコ 5分2R終了 判定2-0 パンクラス PANCRASE 2010 PASSION TOUR 第6回ism主催興行 2010年12月5日 ○ モニカ・ロバート 5分2R終了 判定3-0 パンクラス PANCRASE 2010 PASSION TOUR 2010年9月5日 ○ マリア・エリザベート・タバレス 3R KO(ハイキック) XC-1: Xtreme MMA Championship 2 2010年5月9日 ○ 吉田正子 3分3R終了 判定3-0 VALKYRIE 04 2010年2月11日 × 藤井惠 1R 3:24 腕ひしぎ十字固め 修斗 REVOLUTIONARY EXCHANGES 3 2009年11月23日 × MIKU 5分2R終了 判定0-3 DEEP 44 IMPACT 2009年10月10日 △ ジェット・イズミ 5分2R終了 判定0-0 修斗 SHOOTO GIG SAITAMA 01 〜斗うことの誇り。 2009年8月9日 × 高林恭子 1R 1:41 チョークスリーパー VALKYRIE 02 【VALKYRIE女子フェザー級次期挑戦者決定トーナメント 準決勝】 2009年4月25日 × 中井りん 1R 1:33 TKO(マウントパンチ) パンクラス PANCRASE 2008 SHINING TOUR 第4回ism主催興行 2008年12月7日 ○ 藤野恵実 3分3R終了 判定3-0 VALKYRIE 01 CAGE FORCE-EX 2008年11月8日 ○ AZUMA 2R 2:08 KO(スタンドパンチ) SMACKGIRL WORLD ReMix TOURNAMENT 2008 準決勝 2008年4月25日 ○ 富松恵美 2R終了時 TKO(棄権) パンクラス PANCRASE 2008 SHINING TOUR 2008年1月30日 × ロジー・セクストン 2R 1:05 TKO(ドクターストップ:右足首骨折) BodogFight: Costa Rica Combat 2007年2月17日 × 竹下嘉奈子 3R 2:08 腕ひしぎ十字固め パンクラス PANCRASE 2006 BLOW TOUR 第2回ism主催興行 2006年12月10日 ○ せり 2R 1:15 KO(膝蹴り) SMACKGIRL 2006 〜群女割拠〜 2006年9月15日 × 辻結花 1R 4:19 チョークスリーパー SMACKGIRL 2006 〜頂女決戦〜 2006年6月30日 ○ チャ・ソンジン 1R 3:47 TKO(膝蹴り) SMACKGIRL 2006 〜女神降臨〜 2006年2月15日 ○ SAYAKA 1R 2:14 TKO(右ハイキック) パンクラス PANCRASE 2005 SPIRAL TOUR 第1回ism主催興行 2005年12月4日 ○ 小八ヶ代真紀 5分2R終了 判定3-0 SMACKGIRL 2005 〜Dynamic!!〜 2005年8月17日 ○ 瀧本美咲 3分3R終了 判定3-0 パンクラス PANCRASE 2005 SPIRAL TOUR 2005年7月10日 ○ バッカス羽鳥 2R 1:08 TKO(タオル投入:スタンドパンチ) パンクラス PANCRASE 2005 SPIRAL TOUR 2005年6月5日 × 真武和恵 2R 4:01 腕ひしぎ十字固め CROSS SECTION 2004年9月4日 × 吉田正子 2R 1:23 腕ひしぎ三角固め CROSS SECTION 2004年4月18日 ○ 真 2R 1:58 KO(膝蹴り) SMACKGIRL Third Season-IV 2003年6月4日 × 辻結花 1R 4:37 腕ひしぎ十字固め SMACKGIRL Third Season-II 2003年4月2日 × 金子真理 5分3R終了 判定0-3 SMACKGIRL "JAPAN CUP 2002 エピソードII" 【SGSミドル級トーナメント 準決勝】 2002年11月9日 ○ 張替美佳 1R 3:06 チョークスリーパー SMACKGIRL "JAPAN CUP 2002 開幕戦" 【SGSミドル級トーナメント 1回戦】 2002年10月5日 × 星野育蒔 2R 0:13 反則(グラウンド状態でのキック) AX Vol.5 2002年7月26日 ○ 金子真理 5分3R終了 判定2-1 SMACK GIRL 〜GOLDEN GATE 2002〜 2002年5月6日 キックボクシング [編集] 勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日 ○ イム・スジョン 3R終了 判定2-0 全日本キックボクシング連盟「CUB☆KICK'S 3days 1st - AJ NIGHT 〜Tradition〜」 2006年10月7日 ○ シン・ミンヒ 3分5R終了 判定3-0 全日本キックボクシング連盟「CUB♀KICK'S-1」 【IKMF東洋女子バンタム級王座決定戦】 2006年4月16日 ○ ルウ・ウンギョン 3R 1:44 TKO(タオル投入:パンチ連打) 全日本キックボクシング連盟「Rock'n Roll☆U5 FIGHT☆Hill it!」 2005年11月5日 ○ クラウディア・フォンテバッソ 2分5R終了 判定3-0 Girls SHOCK V 2004年6月27日 ○ GON!ASAMI 2分5R終了 判定3-0 GIRLS STANDING FIGHT - Girls SHOCK IV 2004年3月7日 × ダーオプラスック・ペットオパー 2分5R終了 判定0-3 タイ女子ムエタイ大会 【インターナショナル女子ムエタイ・スーパーバンタム級(-55kg)王座決定戦】 2003年12月26日 ○ シルヴィア・バリシェリ 2分5R終了 判定3-0 GIRLS STANDING FIGHT - Girls SHOCK III 2003年11月11日 × カリオピ・ゲイツィドウ 4R 2:45 KO(右ストレート) 全日本キックボクシング連盟「KICK OUT」 2003年7月20日 × キム 2分5R終了 判定1-2 RISING SUN 2003年2月28日 ○ ホワイト・タイガー 1R 1:08 KO(3ノックダウン:パンチ連打) 全日本キックボクシング連盟「GIRLS STANDING FIGHT 1st.BOUT - Girls SHOCK!」 2003年1月26日 ○ ジェット・イズミ 3分3R終了 判定2-0 全日本キックボクシング連盟「GOLDEN TRIGGER」 2002年9月6日 ○ カッチャ・ゾーマ 2分3R終了 判定3-0 Thaibox Gala 2002年2月22日 ○ アンネッタ・バリント 3R終了 判定3-0 全日本キックボクシング連盟「LIGHT ON!」 2001年11月30日 ○ サビネ・ヘンドリクス 2分3R終了 判定3-0 Thaibox Gala 2001年9月29日 × カリオピ・ゲイツィドウ 2分5R終了 判定0-2 チャンピオンズ・リーグ・キックボクシングマニア 2001年5月19日 × イロンカ・エルモント 2分5R終了 判定0-2 ミレニアムスポーツ「ベニ・ビディ・ビチ」 2001年4月22日 × シモナ・ギャラクシー 2分5R終了 判定 3 MEMORIAL FABRIZIO DE CHIARA "ITARIA VS GIAPPONE" 2000年12月9日 ○ 吉田智子 3R終了 判定3-0 全日本キックボクシング連盟「LEGEND-IX」 2000年10月22日 ○ 下関崇子 3R終了 判定3-0 全日本キックボクシング連盟「LEGEND-I」 2000年1月21日 △ ジェット・イズミ 3R終了 判定0-1 全日本キックボクシング連盟「WAVE-VI」 1999年9月3日 △ 高橋洋子 3分3R終了 ドロー Jd' 3rd Anniversary【キックボクシングマッチ】 1999年4月29日 この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。 グラップリング [編集] 勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日 × 竹下嘉奈子 3:13 腕ひしぎ十字固め 第2回パンクラスアテナグラップリング&アマチュアパンクラスワンマッチ大会 【パンクラスアテナグラップリング 60kg未満級 1回戦】 2006年3月26日 この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。 獲得タイトル [編集] この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。 脚注 [編集] ^ 21世紀の骨のあるヤツ @ぴあ 2003年9月23日 ^ [全日本キック] 5選手がヨーロッパ遠征。WINDY智美は惜敗 BoutReview 2003年2月16日 ^ [Bodog] シーズン3前半戦詳報。和田・WINDYは無念黒星 BoutReview 2007年5月17日 ^ PANCRASE 2008 SHINING TOUR interview パンクラス公式サイト 2008年1月30日 ^ WINDY行きます! HybridFighter Release 2010年5月1日 ^ XC-1 WINDY速報! HybridFighter Release 2010年5月10日 ^ 【パンクラス】桜木が川村をKO!井上が王座防衛、VS修斗はパンクラス完全勝利 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年9月5日 ^ 【パンクラス】9・5女子ボクシングWBC世界1位が参戦!WINDY智美と激突 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年7月31日 PR |
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高杉 正彦(たかすぎ・まさひこ、本名同じ、1955年6月17日 - )は、日本のプロレスラー。神奈川県平塚市出身。175cm、110kg。
目次 [非表示] 1 経歴 2 得意技 3 こぼれ話 4 出典 経歴 [編集] 日本大学在学時はアメリカンフットボールの選手として活動。卒業後国際プロレスに入門、1977年9月4日 に東京・後楽園ホールでのスネーク奄美戦でデビュー。その後、1981年に国際プロレスが解散後、単身メキシコに渡る。 メキシコ遠征後の1982年、新日本プロレスでタイガーマスクがブームだったこと、ウルトラマンが地方巡業で人気だったことから、全日本プロレスでもテレビ番組のヒーローをモデルにした覆面レスラーを登場させようと高杉自らがジャイアント馬場に売り込んで、覆面レスラーのウルトラセブンとして帰国。日本テレビから全日本プロレスに出向していた松根光雄が円谷プロダクションを説得して正式に許可を得て、ウルトラセブンとして全日マットに登場することになった[1]。 当時ジュニア王者だった大仁田厚の対戦相手として全日本プロレスのリングに上がり、王座に挑戦するが敗退。以後、全日本プロレスを主戦場にジュニア戦線にて活動するが、特に目立った活躍もないまま1986年3月、人員整理の為、剛竜馬・アポロ菅原と共に全日を解雇される。 以降、フリーランスとして全日の前座で様々な謎の覆面レスラーに扮して時折活動していたが、1989年に上記の、剛・菅原と共にパイオニア戦志を旗揚げし、剛に次ぐNO.2として新日本プロレスに出場し、剛と組み長州力&佐々木健介組に勝利するが、地味な勝ち方で評価が低く、自主興行において獣神サンダー・ライガーと対戦するも惨敗。 サンダーライガー戦の際にタイガーマスクの佐山聡がスーパータイガーに名乗っていたことに倣って、高杉もウルトラセブンからスーパーセブンと改名した[1]。 その翌年の1990年にパイオニア戦志が崩壊、再びフリーランスとして活動する中、1992年に剛が旗揚げしたオリエンタルプロレスに参加するが、剛が若手選手達とのトラブルで同団体を退陣した事により、自動的にエース格となるものの、団体は崩壊。1993年にインディー団体の統括組織であるレスリング・ユニオンに加盟し、IWA湘南を旗揚げ。自主興行のみならず、他の加盟団体にも上がるが、レスリング・ユニオンが活動を停止するに伴い、1996年に湘南プロレスと改称し、現在も活動している。湘南プロレス旗揚げと同時にリングネームを本名の高杉正彦から高杉政彦に改名している。 現在は、地元の平塚市でトレーニングジムを経営する傍ら、自主興行の他にも時折インディー団体に出場し、高杉政彦とウルトラセブン(スーパーセブンから元に戻す)のリングネームを使い分けながら小規模ではあるが活動している。 全日本プロレス退団後もウルトラセブンのリングネームを使っていることについては、当時の関係者は既に亡くなっており、プロレスラーとしてテレビに登場もしないから大丈夫ではないかととしている[1]。 得意技 [編集] X固め フライング・クロスチョップ ヒップアタック こぼれ話 [編集] 全日本プロレスに出場していた頃、他のレスラー達とバラエティー番組に出演。その際「正体・国籍不明の謎のマスクマン」と紹介されたが、テレビ収録時のトイレで、共演したビートたけしに「うぅ~ちゃっぷい(寒い)タケちゃ~ん、たいへんだねぇ~」と思い切り日本語で話しかけ、後にギャグのネタにされている。 マスクを脱いだら眉毛が剃られていたことがある。当人曰く「最近低迷しているので、八田イズム(負けたら全ての毛を剃る)を見習って剃ってみた」そうだが、真偽の程は定かではない。 W★INGが1993年2月3日に後楽園ホールで行った興行にて、ジプシー・ジョーの引退試合の相手を務めた際(5分間のエキシビジョン)、ジョーが最後、高杉に得意技であるダイビングニードロップを放ってフォールしたが、カウント2で返して、結局引き分けで試合は終了。このときすでに5分を経過していたのに「ニードロップを見るまでは試合を終わらせられない」と時計を止めた(ゴングを鳴らさなかった)。 リングに上がる際に、ロープを掴んだ手がすべり、後方に転倒するという失敗を2回以上している(一度は、1984年2月23日の全日本プロレス蔵前国技館大会)。当然、観客は失笑。 パイオニア戦志時代、若手のデビュー戦を務めるも体格差で圧倒され、最後に原爆固めで勝利するも「何年レスラーやってんだ、バカ」とファンに罵られた経験がある。 |
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高井 憲吾(たかい けんご、男性、1978年6月18日 - )は、日本のプロレスラー。三重県亀山市出身。身長173cm、体重95kg。でら名古屋プロレス所属。大阪プロレス所属時の覆面レスラー「ペロ」としての活躍でも知られている。口癖は「ホフ」「シャー」
目次 [非表示] 1 経歴 2 得意技 3 その他 4 外部リンク 経歴 [編集] 1998年3月1日、DDTでプロレスラーとしてデビュー。2001年4月、大阪プロレスに移籍。参戦後しばらくは本名で活躍していたが、2003年2月から犬のギミックの覆面レスラー「ペロ」に変身。「お手」、「お回り」といった犬らしいムーブやキャラクターで子供達の人気を博す。 2005年2月、ビリーケン・キッドとタッグを組んでの大阪プロレスタッグ選手権で勝利し第10代王者となる。4月の防衛戦では勝利したものの、既に退団が決まっていたこともあって試合後にベルトを返上している。4月末をもって大阪プロレスを退団しフリーとなる。10月に行われたびっくりプロレスや古巣であるDDTへの出場の他、プロレスリングガロガに参戦した。 2006年、2月12日付けで正式にプロレスリングガロガ所属となっている。12月の大会でソルジャーを下し第9代レッスルブレインヘビー級王者となる。 2007年、9月2日付けでガロガ騎士'sを退団、同時にレッスルブレインヘビー級王座も返上。でら名古屋プロレスにコーチとして入団。 得意技 [編集] ややアンコ型のガッシリとした体型から繰り出すパワーファイトを得意としている。 キナコボム プロレスリングガロガに所属してからの新必殺技。 パワーボム 餅つき式で放つ事もある。 エルボー 繋ぎ技として使用。時にはダッシュから体ごと浴びせるように放つ。 スピアー ショルダーアタック、ショルダータックルと併せてよく使用している。 ドラゴン・スープレックス ここ一番に使う奥の手。 ビタワンバスター ペロ時代に使用していた技。水車落としのように背後にかつぎあげ、F5のように前方へ旋回させサイドに落とす。 ワンワンスプラッシュ ダイビング・ボディ・プレスの一種。「ワンワン…」のかけ声の後ダイブ。四つんばいの体勢でいったん手前に着地し、そこから軽く飛んでプレスする。 その他 [編集] サプリメントには、きなこ牛乳、サバ缶、チョコモナカジャンボを使用。日焼けすることで体を丈夫にし力を付ける。疲れきった状態では無理なトレーニングをせず横になって寝る「サイドスリープ」で肩を自然に大きくすると言った、独自のユニークな肉体改造術を実践している。 お笑いコンビドランクドラゴンの塚地武雅に似ているらしく、それをネタに度々いじられている。2006年2月には「負けると強制的に塚地憲吾に改名」6人タッグ試合を組まれ、敗れているが、直接フォールされなかったので改名は免れた。 2003年9月、ピンク色の犬の姿をした(ギミック上の)恋人マスクマン「ペッキー」が大阪プロレスに登場。体格が良かったため、どこかの女性レスラーかと噂されたが、正体は松竹の芸人らしい。バルーンアートを得意としている。ちなみに、高井憲吾退団後もペッキーはマスコットとして大阪プロレスに在籍している。 「ペロ」は全身コスチュームで、後期になるとさらにオーバーオールとレッグウォーマーの出で立ちをしていた。着脱式の首輪は奪われて凶器として使用されることがあるが、自身で使用する時もあった。たまに尻尾がとれてしまう「大けが」を負うが次週大会までには完治する。 |
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